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賀名生梅林(あのうばいりん)

■ 梅の香り漂う南朝の里 ■

 北曽木の丘陵を麓から中腹までおおいつくすように2万本の梅が続きます。2月下旬から3月中旬、さながら雲海のように梅の花がほころび、ほのかな香りが、山々を伝うように漂ってきます。純白や淡い紅色の梅の花は早春の陽光を浴びて、爽やかで壮観な風景を展開させます。南朝の悲しい史話を帯びて、雅やかな梅の花の色合いは、丹生川の支流に南朝のロマンを映しているようです。

 700年前の南北朝時代に都を追われた公家たちによって賀名生の梅の花が歌に詠まれているところからも、既にこの地の梅が香り高く咲き誇っていたことが分かります。さらに明治10年頃から果実の収穫を目的として栽培され始め、大正12年東宮殿下の御成婚を記念して5千本の苗が植えられ、その後大きく増殖されて、賀名生の梅林として知られるようになりました。

      

  

  賀名生梅林(あのうばいりん)開花状況

 

■ 賀名生の地名の由来 ■

 昔この地は、「穴生(あなふ)」と呼ばれていましたが、後村上天皇は南朝が正統でありたいと「叶名生(かなう)」と名付けられました。正平6年(1351年)10月足利氏が南朝に帰順し、多くの公卿や殿上人が賀名生に参候して北朝が否定されたので、翌正平7年の正月、後村上天皇は「願いが叶って目出度い」との思し召しから「賀名生」と改める勅書を下されたと伝えられています。当時は「かなう」と呼ばれていましたが、明治の初めになって呼び方を「あのう」に統一しました。

 

■ 賀名生の里 歴史民俗資料館 ■

 賀名生梅林の麓にある賀名生の里 歴史民俗資料館では、西吉野町の歴史やくらし、そして観光や史跡散策など様々な情報を提供しています。また、長い歴史に育まれた民俗文化を通して、山里に生きた人々の知恵や技術、くらしの形などを見て、楽しみながら理解して頂きたいと思います。

        歴史民俗資料館の写真 歴史民俗資料館の写真

  賀名生歴史民俗資料館へ

 

■ 賀名生皇居跡 ■

 賀名生梅林の麓にある賀名生の里 歴史民俗資料館のすぐ隣りに賀名生皇居跡があります。藁葺き屋根の素朴な建物、そして堂々とした冠木門に掲げられた、天誅組の参謀吉村寅太郎の筆による「賀名生皇居」の扁額が秘められた南朝の歴史を物語っています。延元元年(1336年)12月足利尊氏によって都を追われた後醍醐天皇は吉野への途次、この地賀名生に拠られ美しく払い清められた郷士堀孫太郎信増の邸宅に迎えられました。また、正平3年(1348年)後村上天皇が吉野より難を逃れ、ここにお入りになられました。さらにこの邸宅は、長慶、後亀山天皇の皇居と伝えられております。今なお当時の面影をとどめる屋敷は、全国でも最古に属する民家で重要文化財に指定されています。

賀名生皇居と枝垂れ桜

賀名生皇居と枝垂れ桜です。3月下旬になると見事な花を咲かせます。


■ お問い合わせ ■

五條市役所 農林商工観光課        0747−22−4001
五條市役所 西吉野支所地域振興課    0747−33−0301


 交通のご案内 



 ・
バス

・JR利用の場合:和歌山線「五条駅」下車。
・南海電鉄利用の場合:高野線「橋本駅」でJRに乗換え「五条駅」下車。
いずれも「五条駅」から奈良交通バスで新宮行き、十津川温泉行き又は城戸行きに乗車、「賀名生和田北口」下車1分。(五条駅から約20分)

・近鉄利用の場合:京都線、大阪線「大和八木駅」下車。南大阪線「高田市駅」下車。御所線「近鉄御所駅」下車。いずれも奈良交通バスで新宮行きに乗車、「賀名生和田北口」下車1分。(近鉄御所駅から約60分)

南阪奈道路・葛城インターから国道24号線を五條まで南下し、国道168号線を十津川方面へ約12分。賀名生トンネルを出てすぐ。

■  梅林マップ    

 


 


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西吉野支所 地域振興課  電話:0747-33-0301  お問い合わせは専用フォームをご利用ください。